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著者コメント

10年10万キロストーリー 4

好きな一台に乗り続ける喜びと哀しみ

(ニ玄社)

自動車ライフスタイル誌『NAVI』の1990年3月号から2000年2月号までの、ちょうど10年間、120回連載した『10年10万キロストーリー』は、連載中に3冊の単行本にまとめられた。ありがたいことに、各巻とも版を重ね、第1巻などは9刷までされている。僕の代表作だ。

『NAVI』での連載は、編集長が鈴木正文さんが代わった際の誌面改変で終了した。
それから6年後に、現在の副編集長である青木禎之さんから「『10年10万キロストーリー』の連載を再開しませんか」という申し出を受けた。

ひと区切りしたつもりでいたが、申し出はとてもうれしかった。
連載再開のアイデアとして、タイトルを『新10年10万キロストーリー』とすることを提案したが、従来通りで行きましょうということになった。
新しい読者もいることだろうから、僕は再開一回目の原稿に「第1回」と記したが、雑誌になった誌面を見ると、青木さんが「第121回」と直してくれていた。

カメラマンは、代わらず三東サイさんに頼むことで意見は一致した。
三東さんは、この連載には欠かせない。彼が優れているのは、取材相手の様子や発言、クルマの使われ具合などを、シャッターを切る前に写真家として十分に“取材”しているからだ。僕が相手にインタビューしている横で耳をそばだてて言葉を受け止め、表情をうかがい、部屋の調度などを絶えずチェックしている。
何を、どう撮るべきか、と。
“なぜ、この人はこのクルマに長く乗り続けているのだろうか?”
その問いに対する答えを文章で表わすのが僕の役割ならば、彼の役割はそれを写真家の視点と視界で探り、最終的に写真で表現することにある。

また、三東さんの写真が10年10万キロストーリーのビジュアルイメージに深みを与えているのは、彼が人物とクルマの組み合わせ方に毎回腐心しているからだろう。同じような写真には絶対にならず、必ず違った写真を撮ってくれる。かといって、大道具や小道具を駆使したり、特別の場所を探して撮ったりはしない。ほとんどすべての撮影は、持ち主の車庫の周辺5メートル以内の範囲だ。
サラッと撮っているようだが、シャッターを切る前に相手の人となりとクルマを
十分に“取材”しているから、インタビューが半ばを過ぎた頃には、彼の中にイメージができあがっているようだ。

だから、取材され慣れていない、言わば素人である相手の人間性やキャラクター、クルマに対するスタンスなどを見事に引き出している。

写真に深みを与えているのは、クルマのどの部分をどれだけ写すかにもよっている。
人間とクルマでは大きさが異なるので、両方を(2次元的に)全部見せようとすると、人間が小さくなる。この取材では、人物の表情が大切なモチーフとなっているから、クルマのどこかを切り取って撮影することになる。この切り取り方にも、三東流が貫かれている。いかにもそのクルマらしいところを切り取る場合と、一般的なイメージを裏切って、そのクルマには見えない切り取り方をして、新たなイメージを喚起させようとする場合とがある。そのバランスの取り方が絶妙なのだ。
シトロエンCXを2台乗り継ぎ、現在は古いメルセデスとハーレーダビッドソンに乗っているほどのクルマ好きだから、そのクルマの勘どころ、急所を間違いなく見極められている。

この連載の取材相手はプロのモデルじゃないから、撮られ慣れていない。
カメラマンに、ああだこうだ指図されると、固くなって表情が死んでしまう。
それを避け、持ち主のクルマへの愛情がほとばしる、生き生きとした瞬間を捉えようとして、三東さんは持ち主に僕と喋らせ続けて撮っている。

撮られた持ち主の表情が自然に見えるが、こうして単行本にまとめられた写真を連続して 眺めると、三東さんの苦心のほどがうかがえる。

でも、表現の仕方は少し変化している。昔は、10年もしくは10万キロ以上乗り続けるためには、どんな手入れや整備が重要なのかといった実用的なことに行数を費やしてきていたが、パート4に収められている文章ではそうした要素は減っている。
長く乗り続けるということは持ち主の人生も時間を経ているわけで、クルマとの付き合い方やスタンスがどう変わっていったのかという点に力点を置いて書いているものが増えた。
1990年当時は、「10年も10万キロも」乗り続けることは普通でないことだったが、今はそうではなくなった。 連載が長く続き、時代も、書き手である僕も変化したということだ。

シリーズ4冊目の単行本は、3冊目までと代わって、現在の『NAVI』をデザインしている泰司デザイン事務所に装丁を依頼した。
パート3までの2色カラー製版とは違って、パート4は4色使いである。
より現代的に見えると思う。

(2008年10月)