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著者コメント

10年10万キロストーリー 

1台のクルマに長く乗り続けた人たち

(ニ玄社)

この本の写真は、すべて写真家の神蔵美子さんが撮り下ろしてくれたものだ。
駆け出し自動車ライターの本に、なぜ新進気鋭の写真家が他人のテーマに沿った撮影などを行ってくれたのか。
神蔵さんとは知人宅で知り合った。彼女は、当時その知人と同棲しており、他の友人などと集まっては酒を飲んでいた。

こちらは、NAVIに連載した10年10万キロストーリーが2年を経過し、読者からの反響も増え、単行本化することになった。
しかし、連載開始時にはとても単行本になることなど想定していなかったので、連載時の写真を流用するのではなく、新たに撮り下ろす必要が生じた。
なぜならば、連載時の写真は僕が自分のニコンで撮っていたものだったからだ。

1ページの連載で、カメラマンも付けられていなかったので、自分で撮っていた。
「小さくしか使わないから、プロが撮ったものでなくても、アラは目立たないでしょう」編集部とも、それくらいの認識しかなかった。

しかし、単行本としてある程度の大きさの写真を、連続して掲載するには、僕の写真では役不足も甚だしかったわけだ。当然だ。

また、2年間の連載を続けるうちに、初めの頃に取材させてもらった人と、もう一度会って話してみたくもなっていた。
神蔵さんだけ撮影に向かわせるというわけにはもちろんいかないので、改めて連絡を取り、再取材させてもらうことになった。

神蔵さんが返して来た条件は、取材の時は家までクルマで迎えに来ることと、この本用の撮影が終わったら、彼女自身のテーマに沿った撮影をしても構わないことの2点だった。

当時、彼女は普通に生活している日本人の部屋をテーマとして作品を撮っていた。
1990年に日本写真協会新人賞を受賞した写真集『ナチュリタ』では、アメリカの家庭の家と部屋を撮っていたから、その延長線上にあるテーマだったのだろう。

友人にだって、「部屋を撮らさせて下さい」と撮影を依頼するのは、ちょっと厄介な作業だ。撮られる方だって、芸術写真の被写体になることは、なかなかイメージできないから、簡単に承諾できないだろう。

そのことは彼女が一番良く知っていて、僕の取材で他人の家を訪問し、撮りたくなるような部屋だったら、「実は、私は今、こういうテーマを撮っているんです」と切りだせば良いのである。彼女にとっても、好都合だ。

ふたつの条件を断るまでもなく承諾して、再取材が始まった。
24人を再取材するのに、2ヶ月を費やした。
毎回、僕のプジョー505GTIかNAVI編集部のメルセデスベンツ190Eで、三軒茶屋の環七沿いの知人マンションまで神蔵さんを迎えに行き、そこから再取材に向かった。再取材には、編集部の蜂須浩嗣さんが同行してくれた。当時、20代後半だった彼の食べっ振りの良さが、今でも印象に残っている。

神奈川と山梨での取材を連続して行った時には、丹沢山中の温泉民宿に三人で停まり、そこで出された熊肉の煮込み汁で、彼は丼にご飯を何杯もお代わりしていた。

一度、NAVIに連載した人とそのクルマを再度取材したのだから、原稿は簡単にまとまりそうなものだ。だが、繰り返すが、こちらはまだ駆け出し。
一冊分の文章を書き切る文体的体力とも言うべき力がまだ備わっていなかった。
締め切りまでに書き終えられず、編集者に尻を叩かれながら、予定よりも遅れて、出版された。

脱稿し、校正を終えた時には、疲労困憊していた。うれしかったのは、すぐに反響が出て、増刷も2週間後に決まったことだ。その後も、現在まで版を重ねている。
また、出版時に高校の同級生が久しぶりに集まって、祝ってくれたことも望外の喜びだった。

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